アユタヤ王朝
アユタヤ王朝についてのお話をしていきましょう。
アユタヤはクメール人によって建設されました。
クメール人の特徴としては、唇は厚く目の色は私たち日本人のように黒く、髪の毛はくせ毛で皮膚は銅のような色でした。
身長は165センチとやや低めで、性格は温和だったようです。
ほとんどの人々は農業によって暮らしておりましたので、お米を主食とし魚が好物であったと言われています。
私たち日本人とどことなく似ているように感じませんか?アユタヤは別名アヨーダヤーとも呼ばれ、13世紀から14世紀前半まで高度な文化を保持していたようです。
近くには、ロッブリー川、チャオプラヤー川、パーサック川がありましたので貿易も行われておりました。
アユタヤには1606年、日本使節が渡った記録がありこのとき徳川家康の書を携えていきまして、このあとアユタヤからも日本に向けて貿易船が数多く来航しました。
アユタヤの城外には日本人町が作られ最盛期には1000人から1500人もの日本人が暮らしていたようです。
日本の戦国時代(関ヶ原の戦いや大阪の役の後)に主君を失った者たちが流れてきたようで、アユタヤにとっても経験豊富な日本人の兵力は魅力的だったようで積極的に雇い入れていたようです。
これによりアユタヤは、政治的にも大きな力を持つこととなりました。
この町には、浪人や貿易をする者やキリシタンや彼らの配偶者や使用人などで構成されていました。
【記念日】
ミニチュアの日
「ミ(3)ニ(2)」の語呂合せ。ミニチュアや小さいものを愛そうという日。
インテリアを考える日
日本インテリアファブリックス協会「4月10日はインテリアを考える日」実行委員会が制定。
阪神・淡路大震災記念日
1995(平成7)年1月17日午前5時46分、淡路島北端を震源とする兵庫県南部地震が発生した。マグニチュード7.3で震源の深さは約14キロ。神戸市・芦屋市・西宮市と淡路島の北淡町で初めて震度7の激震を記録した。
エスカレーターの日
1914(大正3)年、東京・上野の大正博覧会の会場に日本初のエスカレーターが設置され、この日運転試験が行われた。第1会場と第2会場をつなぐもので、秒速1尺(約30センチ)で動いた。
万国博デー
1970(昭和45)年、前日に開幕式が行われた大阪府吹田市千里丘陵の「日本万国博覧会(大阪万博)」の一般入場が開始された。
カチューシャの歌の日
1914(大正3)年、島村抱月と松井須磨子が起こした芸術座が、トルストイの『復活』の初演を行った。この中で歌われた「カチューシャの歌」が大流行した。
アースデー(地球の日)
地球全体の環境をまもる為、ひとりひとりが行動を起こす日。1970(昭和45)年から1990(平成2)年までは10年に1度実施されていたが、1991(平成3)年からは毎年開催されている。
平和の日
1984(昭和59)年の国際ペンクラブ東京大会で、日本ペンクラブの発案により制定され、翌1985(昭和60)年から世界中で実施された。「女の子の健やかな成長を祝う雛祭りは平和の象徴である」との考えから。
